読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

プラスティック・メモリーズ 第13回『いつかまた巡り会えますように』

アニメ

人が人を愛せなくなりつつある世界。


偽物の親子。
偽物の師弟。

そして、偽物の恋人


偽物の、絆。


だけど、偽物には二つの意味があると思うんです。

一つは、ホンモノと比べて質が大きく落ちるという意味。
もう一つは、単にオリジナルではないというだけの意味。

ブランドとしての価値はないかもしれないけれど、ホンモノに決して劣ることのない、偽物。


この物語世界は、たくさんのやさしい偽物に満ち溢れた、とてもしあわせな、ディストピアなのかもしれません。


△▼△


プラスティック・メモリーズ。
それは、なんのひねりもない、まっすぐなお話でした。

一人の純朴な青年が、カンペキな美少女と出会い、愛を深め、やがて死別する、ほほえましくも悲しく切ない平凡なラブストーリー。

以前にも書いたとおり、いえ、それ以上に、視聴者のほとんどがこうなるのではないかと思い描いていただろうラストそのものだったことに、逆に驚きを隠せないでいます。


正直を言います。期待外れでした


だけど、じゃあ、これをどうするべきだったのか。

まず、絶対にやってはいけないことは、アイラの中身を入れ替えて“生き延びさせる”ことですよね。
次いで、なんらかの“奇跡”を用いて、彼女の寿命が延びること。

あるいはもっとおとぎ話チックに、神様のいたずらで人間の少女に変わってしまうこと。


ああ、ぜんぶダメ。


手に手を取り合って二人で逃げて、ワンダラーとなったアイラをツカサが“処分”する展開とかどうだろう。

ああ、これは本作がゲームだったら、ぜったいにルートの一つとして用意されそうな展開ですよね。

多くの選択肢からなる未来の一つとしてならそれもアリだとは思うけれど、たった一つの最後しか用意することの許されないアニメーション作品にはダメだと思う。


結局、最初からこうなるしかなかったんですよ。


こうならないのではないか、なにか別の道があるのではないか。
少しでもわたしたちに別の何かを期待させることでしか、筋書きは動かせなかったのでしょう。

果たしてそれは、どこまで成功したのでしょう。
これを見ていた人の数だけ答えはあると言えるかも。


わたし?


わたしは、どうだろう。
期待外れだったことで、少し安心したかな。

きっと、わたしの期待通りになっていたら、誰も救われなかったんじゃないかな。


誰かの“死”が誰かの幸福のために必要だ、なんてたとえフィクションの物語に対してでもあまり言いたくはないけれど、アイラは逝くべきして逝ったのであって……悲しむことはともかく、否定することはよくない、のではないか、な、とか。


OP冒頭で、自らが送ってきたギフティアたちの群れの中にたたずむアイラの姿を見ることは、もう決してできません。
もし14話があったとすれば*1、そこには、彼らに混じってこちらに背中を向けたまま、いずこかに歩き去って行くアイラの姿が見えるだけでしょう。


△▼△


実のところ、ギフティアの寿命が短いのって、人間という種の存続のためにそうしているとか?

だって、決して老いないし裏切ることもない、超絶美少女とか、ハイパーイケメンとか、そんな配偶者が死ぬまで一緒にいてくれるなら、誰が人間同士で結婚しますか。

100年経たずに人類は死滅ですよ。


大勢の人でごった返す街や、遊園地。


その中に人間同士の親子やカップルは、どれくらいいるんだろう
考えたらちょっとコワくなりません?


……なんて、たわごとはともかく。


最後に、スタッフの皆さん、お疲れ様でした。
不満が全くないとは言わないけれど、わたしはこれ、大好きな一作です。



これからも、ステキなお話を紡いでいって欲しい。
そう、期待しています。

*1:BD特典につくかもしれない番外編なんかはもちろん別ですよ