読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

神様はじめました◎ 第04回『神様、黄泉をかける』

その名の通り悪辣の限りを尽くしたことで、神々の手によって闇の中に封印されていた大妖怪〈悪羅王〉。彼が人としてこの世によみがえることが叶ったその理由は、他ならぬ彼の魂の器となった人体の元々の持ち主の願いのためだった。

漆黒の闇の中、ただ一人魂のまま閉じ込められていた悪羅王の前に、一人の人間の亡霊が近づいてきた。
その亡霊〈毛利霧仁〉は、自分の死には早々とあきらめを付けているくせに、ただ一つの小さな心残りのために、黄泉の国へと向かうことにためらいを見せている。


話を聞けば、その心残りとは、事故の起きる前の出がけに起きた、母との些細なケンカのことだった。
このまま仲直りできないままに自分と死に別れてしまえば、きっと母は大きく悔やみ長く嘆くことになる。
せめて、自分があやまっていたことを母に伝えて欲しい。

悪羅王の正体など知る由もない霧仁だったが、平凡な人間である彼の目から見ても、封印されてなお悪羅王の力は人を越えた大きなものにみえたのだろうか。



しかし、悪羅王にはわからない。
なぜ、そんなくだらないことを願うのか

そして、思い出す。
人間とはそんなくだらない生き物だった、と。



霧仁の体を借りて地上に戻ることのできた悪羅王は、数百年ぶりに光を見た。
だからだろうか。


素直に、自然に“霧仁”の思いを汲んで、彼の母に詫びの言葉を述べることができたのは



△▼△


という感じで、わたし的にはけっこーショッキングでもやもやする展開でした。
むしろアニメのデビルマンのように、悪羅王が無理やり生きている人間の霧仁の体を乗っとってしまっていた方が*1、すっきり感じたかもすら思います。


それはともかく。

人となったいまの悪羅王からは、以前のような問答無用の兇悪さは感じることができません。発言の端々、行動の随所に、育ちの良さそうな人の感謝の気持ちや恐れの気持ち、哀れみの心までも見えてくるようです。


前述のデビルマンが人間の体を手に入れて人間の思考に染まってきてしまったように、TSものでは異性の脳の作りに影響されて元の人格まで異性化するように、あるいはロリばばあは年甲斐もなく幼女の性格のまま成長しないように。

脳の配線やらホルモンやらの影響で人格などどうとでもかわるのかもしれません。


であるならば、魂の存在とはなんなのか。魂となったときの記憶はどこにあるのか。宗教的・哲学的な問題です。思考など単なる電気信号の強弱にすぎず、それこそが死後の世界などない証拠であるとの文脈に用いられる場合もあります。


実際はどうなのでしょう。わかりません。


いつものようにぐだぐだになりましたが、今回のお話を見てわたしの言いたかったことは、元々の人間としての霧仁の寂しそうな笑顔がとっても印象強く残ってしまったことと、きっとそれを妖怪である悪羅王も感じてくれたに違いないと思いたい、ということ。


もっとぶっちゃけいえば、今回もおもしろかったなぁ、と。

……あれ、巴衛や菜々生ちゃんの話を一つもしてないや。

まあ、巴衛はほっといても菜々生ちゃん一筋で突っ走ってるし、菜々生は表情豊かすぎて眺めているだけで和む。
いつものことだし、そんなものねー。

また、来週。

*1:ちなみに原作マンガだと真逆で、人間の心が悪魔の体を乗っとっています