読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

大図書館の羊飼い 第12回『大図書館の羊飼い』

いよいよやってきたミナフェスの日。
生徒会主催のイベントを向こうに回して大盛況を勝ち取った図書部の面々は大はしゃぎだ。


だが、筧にはもう一つすべきことがあった。それは、白崎の命を羊飼いの力で守ることだった。



なるほど、白崎を襲うはずの“事故”の正体は、イベントの開催で敗北を喫した生徒会副会長の多岐川の破壊工作だったのですね。

そう、もういたずらとか嫌がらせとか、そんな段階じゃありません。吊されている重い照明が落ちるようにしてあったのですから、これで誰か死んだ日には、少なくとも未必の故意の殺人は免れないでしょう。


そんな『優秀な人間のみが脚光を浴びてその他の人々を導くべき』との理想に取り憑かれた多岐川の暴走を止めるには、彼女の悪事を生徒会長や観衆の前で明るみに出す必要があるのです。

彼女を罠にハメてすべての悪事を自白させるシーンは、まるで現在CSで絶賛放送中のザ・ハングマン*1を彷彿とさせる、なかなかにニヤリとさせられる悪人の自滅シーンでした。
ハングマンではこの後警察がやってくるわけですが、羊飼いではさすがにそれはなし。でも、衆人環視の中で恥をかかされた上にあこがれの生徒会長に失望されたショックは、彼女の独善をくじくに充分だったようです。


それにしても、彼女を導いていた羊飼いもまた本物だったらしいんですよね。わたしは絶対偽物だと思っていたのに。ねじ曲がってはいても優秀であることに間違いはない多岐川を更正させるための荒療治に、どうしてもこれが必要だったと考えていた羊飼いがいたようですねぇ。


てことは、筧や小太刀の活躍も最初からわかった上で利用されていた、ということでしょうか。


ときに、羊飼いが救うのは、後に何らかの功績を歴史に残すことになるような人たちが主なのですよね。それら以外の凡人たちは、死のうが生きようがお構いなしなんですよね。


羊飼い自身が、多岐川と同じく人の存在の価値に違いを設けてそれを実践しているのが、なんとも皮肉といいましょうか。


筧は誰かを救うために必要ならば、羊飼いの能力を衆目に曝すことも辞さないとナナイに主張したために、羊飼い失格の烙印を押されてしまうことになります。

ただ、これは、むしろ彼のためだったのでしょう。こうなることもナナイにはわかっていたのでしょう。
羊飼いになるときに消去されたはずの彼の“本”も、実は残されていたのですから。


あ、ここでのナナイの言葉がちょっと気になりましたね。
筧に対して「罪滅ぼしになったかな」と言っていましたっけ。

もしやこの人、筧が顔も覚えていないという彼の父親とか?


ともあれ、ミナフェスは大成功を収めました。


再び歌うことの喜びを思い出した千莉や、皆と力を合わせることの尊さを改めて実感し、応援してくれた人たちに感謝の言葉を述べることのできた白崎をはじめとして、誰にとってもステキで意義のあった最高のイベントだったと言えましょう。


無事に羊飼いとなった小太刀は汐美学園専属となったためか、誰に忘れられることもなく学園生活を続けられるようでありますし、心を入れ替え反省した多岐川は図書部に深々と頭を下げればそれで一件落着です。

単純だけど、それでいいんだと思います。


ホントに悪い人なんていないんです。
少なくとも、この作品の中には


わたしはそれでいいと思う。
だって、とっても癒やされてやさしい気持ちになれるんだもの。


そんなところで、スタッフの皆様お疲れ様でした。
本作がプレゼントしてくれる週に一度のほんわかタイムのために、つらい現実を毎日がんばって生きてきました*2

来週からそれがなくなってしまうけれど、くじけず立ち止まらず、強く元気に生きていきます!


……なんかノリがおかしいな。まあ、うん。いいや。


では。

*1:めっさ気に入って毎週見てます

*2:え、大袈裟ですか。ですね