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きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

シャイニング・ハーツ〜幸せのパン〜 第08回 『漂流人』


未だ失われた過去に囚われ足踏みを続けていたリックは、ある日、酒場の女主人<フローラ>もまた、自分と同じ『漂流人』であることを知る。「気にしても仕方がない」「いまの自分にはすることがある」迷いを断ち切りすべてを受け入れて前向きに生きているように見える彼女に、彼はいまの自分の苦しい胸中を吐露し、教えを請うのだった。


回復をみせたカグヤもまた、深い喪失感を抱えながらそれでも笑顔を見せてくれる。
自由に海を渡る海賊の<ディラン>は、悩んでも悩まなくても事態は動くことを教えてくれた。


そしてリックは、深い闇の底からようやく抜け出そうとしている。



まあ、なんて客層のいいお上品な酒場!
昨日見た『デスペラード』の酒場とは大違い!


いやまあ、アレと比べたらぼったくりバーだってかわいらしいものですけれど。


いいですね、フローラさん。
なにより、タバコを嗜む姿がとってもいい。タバコほどに小道具として優秀なものはあんまりないです。
大きく煙を吸って、細く吐く。その仕草だけで、彼女の達観したような大人の女性としての姿の中に、いままで積み重ねてきた悩みの深さを感じ取ることができました。言葉にせずにひしひしと視聴者に伝わってくるものは確かにあります。





△▼△




はい。そんなわけで、わたしが毎回見ているアニメはもはやシャニパニャだけ!
なにやら無気力の狭間に落ち込んでいるのかもしれない。


こんなどうでもいい“悩み”とは比較にならない恐怖を抱えて日々を生きている漂流人たちの心中は、いったいいかばかりのものなのでしょう。
ていうか、文字通りに流れ着いてくる人が多すぎの島ですね。アレですかね、潮の加減ですかね。そういう問題でも無い気がしますが。


記憶を失うって死ぬことと同じだと思うんですよ。
世の中、安易に記憶を消し去るお話って多いじゃないですか。あるときは苦しさからの逃避として、また別のケースでは刑罰として。それは自殺であり、死刑であると思うんです。いまの自分と昨日の自分を同じだと結びつけられるのは、唯一記憶だけなんですよね。
今日、ここでパンを焼いているリックは、島に流れ着くまえの、恐らく剣士を生業としていたリックとは、体が同じなだけの別人なんですよね。逆に考えれば、もし昔の記憶が戻っていまの自分がニセモノだということになれば、それはいまのリックが死んだことと同じになるわけです。すでに一度死んでいるのに、またいつ死ぬかわからない状態が続いている……そういうことになるのでしょう。これはこわいです。



さておき。
妙にできがよく意味普通の傑作になっていた先週と打って変わって、それまで通りの不思議な空気に包まれたシャニパニャに戻っていた今回。わたしはとっても安心できました。なんていうんですかね、悪く言えばどこもかしこもおかしいんです。だが、それがいいんです。それに惹かれて、最後の一本として切れずに視聴が続いているわけだと思うわけです。



こんなところかな。来週も不思議な魅力のアニメでありますように。
では、また。



ああ、そういえば今週は、コーヒーの入れ方がすっごい気に入らなかった!