読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

第二部は好きじゃ無かったのだけど

うさぎドロップ 10 番外編 (Feelコミックス)

うさぎドロップ 10 番外編 (Feelコミックス)


『番外編』と付記されていることからわかるように、本編は九巻目で完結しています。


人によって大きく評価の割れる結末で終了を見た本作ですが、それを肯定的に捕らえた人もそうでない人も、おそらくこのマンガの緻密な構成や登場人物の心情をわかりやすく印象的に描いていた親しみやすさなど、好き嫌いとは別の問題として高い評価をしている場合が多いのではないかと思います。


そこで、ふと思うんです。こういった番外編の発売はどうなんだろう。
いやな言い方をしてしまえば、せっかくキレイに終わった作品の墓暴きをして「本編が売れたからもっと稼いでやれ」と、そういうつもりなんだろう? ファンとしてははなはだ遺憾だよ。とまで思ってしまうような売り方。


そんなの、けっこう、多いですよね。


まさに『蛇足』。
どこかの週刊マンガ雑誌連載作品はほとんどそうやって引き際を誤って駄作として終わっているようにすら見える。


そう、引き際は大事です。
惜しまれつつ去ってこそ偉大さが際立つというモノ。


……なんて、理屈を並べるのは簡単ですが、この10巻に限っては、蛇足どころか必要な付け加えだったのではないかとすら思えるんですよね。

一本目は、ダイキチの家にやってきたばかりのりんが口にした小さく深遠な疑問に対し、急造初心者“父親”の彼が必死で真摯に答えようとするお話。


『殺していい虫といけない虫の違いってなに?』


そんなの簡単だ、って仰るあなた。是非ともこのマンガを手にとって読んでみてください。その上でまだ簡単だと言えるのだとしたら、それはそれである意味大物だと思います。

二本目は、男の子ってしょーがないなー、ってお話。

じっとしてろって言われてじっとしている子供って、まあ、しつけが行き届いていい子なんでしょうけれど、毎日真っ黒になって時々血まみれになるような怪我までして、それでも元気に飛び回り続ける男の子の方が、外野のわたしから見ればとっても魅力的で理想的にすら見えます。お母さんにしてみると気が気じゃ無いのかもしれないけどね。

三本目は、自分の家族を持つことではじめてわかる家族の形。

『自分が家族の一員』であることと『自分が中心になった家族を作る』ことは、実はまるで違うことだと思うんです。
頼る側か、頼られる側かの違いと言い換えればわかりやすいかなぁ。
頼る側から頼られる側になったからこそ見えてくる世界。テンプレのようだと世間で評される家族だって、ホントはどこをとってもよそと違う家族なんだと思う。

四本目は、りんの産みの母、正子さんのお話。

実の娘を捨てたという事実。どんなに割り切ったつもりでも忘れたつもりになっても、その身体に残された一生消えることの無い“二つの傷痕”は、彼女を生涯苦しめ続けるに違いありません。女にとって出産とはそこまで重いものなのか……未だ母になった経験の無いわたしにはまだよくわかんないですけどね。
んー、わたしなぜか、元から正子さんの非道に関して強く責める気にはならなかったんですけども、これを読んでそれが加速した気分ですね。彼女だって苦しんでいるんだ、って、そういうことなのかな。

五本目は、小さなきっかけから荒れ始めたコウキのお話。

中学生なんてね、まだまだ学校が世界のすべてに見える子供なんです。そこで否定されたら逃げ場なんてそうそう無いんですよ。つけ込まれてよくない道に引きずり込まれてもそれに抗う力なんてないんですよ。彼も、そんな一人だったわけです。
でもね、自分がホントにしたかったことに気づくことができれば、いくらでも取り返しの付く年頃でもあるんです。ああいいなあ、沸かさって。

六本目、最後のお話。

五本目まではぜんぶが『いままでの』お話。六本目は『それから』のお話。九巻で完結したお話の後日談です。
そうですね、わたしのような、九巻目が気に入らなかった人にこそ、これは読んで欲しいかもしれない。
詳細には一切触れません。
ただ、そうね……いいな、って。よかったな、って。


アリだったのかなって、そう思えるかも。


そんな感じですかねー。
久しぶりにほっこりくるような? そんなマンガを読みましたね。


ん。ぜひ、読んでみてくださいな。